
神命の書
住吉之大神宣り給ふ 汝はわが愛する御子
われ汝に使命を授く 往きて年間三百萬人
の胎児を救ふべきぞ かくて日本人の業 浄まらん
然るとき 天之岩戸開かれ 天照大御神の神靈
出御せられて日本國 の實相あらわれん
神命の書 受嘱 雅春
『生長の家』誌昭和46年6月號より
「堕胎反対運動は生長の家発祥以来の運動である。」
生長の家創始者 谷口 雅春先生
毎日新聞の記事の尻馬に乗って、よく調査も研究もしないで浪速短大助教授と云う鈴木宗憲と云う人が『毎日新聞などが生長の家を“テロ思想”だと言うものだから、
それを打消す運動として「人命尊重」運動として、堕胎防止に関する請願をやっているのだ』と云う風に「中外日報」紙に論評をかかげているが、大学の先生ともある学者ならば、もっと、科学的に事実にもとづいて論議をすすめて頂きたいものである。
生長の家の『堕胎罪悪論』は立教の最初から三十二年も前から説いているのであり、戦後に於いては、今は飛田給練成道場になっている建物を高亀良樹博士から買収したときも、
戦後日本へ進駐した占領軍の兵隊や将校たちとの間に妊娠した混血児を、アトが面倒であると云うので流産させるのが多いので、
その胎児をたすけたいと思って高亀博士の病院を買収し、満州から引揚げ後郷里の高知で産科婦人科医院をひらいて盛業中の徳久克己博士をわざわざ招致して院長とした産院をつくり、新聞に『私生児を妊娠して人工流産を考えている婦人、一寸待った。 相談に来い。
無痛分娩をさせて、生れた子供は引受けて育ててあげる』と云う広告をして胎児の人命救助をするつもりで、徳久博士に来て貰ったのであった。当時そのような大病院は進駐軍指令部の許可がなければ開設できなかったので、徳久博士にその交渉に当ってもらったのだが、GHQの其の係の医博のアメリカ軍婦人大尉が、『宗教で無痛分娩、アイドントノ―。医学と宗教 一ショクタ、イケマセン』と言ってどうしても許可してくれなかったのである。
それで私は已むなく産院の開設はやめて、現在のような練成道場に変更したのである。
そのように生長の家の堕胎反対運動は、生長の家発祥以来の歴史的運動であるのであって、たまたま山口二矢少年の浅沼刺殺事件に生長の家が関係あるが如く書かれたので、その打消運動として始めたような根の浅い運動ではないのである。
堕胎防止請願の署名運動も浅沼事件のズッと以前から始められていて、岸内閣時代に既に40万通の署名を得て、議会へ請願書を提出することになっていた。 (中略)
人間又は団体の一つの行為または運動にしても、それを本当に理解しようと思ったならば、それがその人間及び団体の継続せる歴史の上に於いて、その行動又は運動が如何なる位置を占めるかと云うことをよくよく考察してみなければ、その意義批判又は価値判断はできないものなのである。
吾々の団体の堕胎防止運動なども遥かに三十二年前に遡るその立教の精神から始まり、終戦直後堕胎さるべき胎児を救うために、産院まで造ってその出産児を無料で育てようと企図して高亀博士の病院を買収したことや、戦争中にも、生長の家誌友たりし派遣軍司令官たりし、将官に一人も残虐行為による戦犯者を出していない事実など、生長の家の歴史を一貫して存する“生命尊重”の事実を一貫せる系譜の中に、今回の 『堕胎防止運動』 を見出すとき、はじめて其の真実の価値と意義とが判るのである。
『明窓浄机』 昭和36年8月
10月10日を「とつきとおか」いのちに感謝する日に!!
堕胎奨励法とも言われている「母体保護法経済条項」改正削除!!
この2点実現で「数千万人の赤ちゃんのいのち」が救われます。
いのちを守る親の会
赤ちゃんを守るための議員訪問報告
11月上旬から、数回にわたる大熊良樹理事長の全国行脚。「国会議員事務所訪問」「地方議員議員懇談会」「保守系議員」との対話の中で「言われたこと」「教えていただいたこと」を記します。特定の議員。秘書の言動でなく「総合して」大熊が「言われた」と感じた事と理解下さい。 (ただし、議員や秘書の方からお聞きしたことがベースです。)どなたの発言かは、一切詮索しないで下さい。内容により、わかりやすく(事例を挙げて)加筆した部分もあります。「国の機密」に関する情報・団体情報・個人情報等もあり、どなたの発言か、詮索すると、善意で言って下さった先生方、秘書の皆様に迷惑がかかる恐れもあります。現在、ご協力いただいている先生方でもあり、後々、この国の「法改正」において大きなご協力を戴く良識派の先生方でもあります。だからこそ、「問題点」を浮き彫りにする発言を戴いたように思います。ご理解下さい。
民主主義だから、トップダウンはできない時代。上から下でなく、下から「民意」として上にあげてほしい。無視できない「動き」「国民の意見」としてあげていただければ、動かざるおえない。
保守が良くやる「署名運動」の形は、もう古いように思う。「着物の日」制定運動は「1000万人署名」を集めたのにも関わらず、何も動かず。記念日にもなる気配さえない。文化と伝統を守ろうという趣旨。素晴らしいし正しい。しかし、正しくとも「流れ」(民意)でなければ政治日程に乗らない。ここは重要である。
民意、民意と言うけれど「マスコミ」「報道」はおおきな影響を与えている。「朝日新聞」「毎日新聞」「NHK」「TBS」・・学生運動世代の特に新左翼系の思想を持つ活動家出身の上層部の多い会社。それらのマスコミ情報操作は大変に問題が多い。
中国とウイグルの問題。ウイグル自治区に中国の三分の一の資源がある事がわかった。(備考:日本における尖閣諸島の問題と同じである。資源の存在がわかったとたんに、強力な支配と圧力を行使し始めた。)もしウイグルが「国として独立すれば大変な損失である。」国益のために、中国は「ウイグル人」を大虐殺。愛国心のある「邪魔なウイグル人」を100万人単位で刑務所に送り込み、女性を隔離。女性がいなければ「その国に」子は生まれない。子孫が生まれなければ、「その国を」自然に殲滅できる(その人種は滅ぼせる)。そういう政策をとっている。日本でも「人道上の憂慮」「人間として看過できない」という思いから議員連盟ができたが、30人いたけれど20人になった。「進展」がないからだ。巨大な中国の前では「無力」「虚しさ 」を感じるからだ。中だるみしていく。どんなに正しくとも「正義」だけでは進めない。
「生命尊重センター」「エンブリオ」は独自で、7月13日を「生命尊重の日」としたそうです。お腹の赤ちゃんの命に線引きすることを許した悪法「優生保護法」(現:母体保護法)が制定された日だそうです。「10月10日(とつきとおか)「いのちに感謝する日」」のほうがわかりやすく覚えやすいですね。
「10月10日(とつきとおか)「いのちに感謝する日」」あるのではないですか?あるのかと思うくらい、語呂もいいし、忘れられないですね。良い発案なので、盛り上げていただきたい。基本的に「記念日制定」はしない方針ですが、大きな国民運動の動きとなれば、追認という形もありうるでしょう。
政府は、海の日、山の日、どんどん増えて「もう記念日制定」は、基本的にしない方針です。
国の存亡に関わる超少子化問題。平成11年「マタ二ティーマーク」制定。平成12年「家族の日」制定。あれから、もう20年経つけれど、少子化の勢いは激しく、その効果はむなしい。
11月3日。保守の皆さんが口をそろえて言う「明治の日」でさえも未だ制定できていない。
出入国管理法。バブル以来、日本経済は未だかつて無いくらい好景気。ただ、それを実感できない人が多いのは「格差」が広がっていると言うこと。潤っている人は大いに潤っている。そうでない人も多い。求人有効倍率も1を超えている。働いてない人も働けてないひとも多いというが働かない人は働かない。(無業若人200万人。引きこもり100万人(広義で56万人年齢を広くすると100万人となる)。)日本の景気はいいのに「働く人が著しく足りない」。病気で言うと「日本経済における人手不足」は、ステージ4である。もう、死んでしまうかもしれない。手足を切っても命を守らないといけないというような状況なのです。
国会議員の中でも、不倫騒動。略奪愛などと騒がれている。まして、受胎した時点で人間であり、お腹の中の子を「どうしてでも守る」という(言えるような)「宗教的ともいえる信念」を持っている議員は、果たして、どれくらいおられるだろうか。また国民の中の割合はどれくらいいるのだろうか。
命は大事、でも「お母さんの選択権(産む自由)(産まない自由)」を主張する、プロチョイス(選択権優先派)を主張する人もある。権利、権利といい、その声が大きいから、赤ちゃんの生きる権利さえも奪っている。一方、「お腹の中の赤ちゃん」はものが言えないから、殺されている。おそらくは、年間に人工中絶されている赤ちゃんの数は、出生数100万人よりもはるかに多いでしょう。 大熊補足:「生まない権利」というのは、言葉は綺麗だが、事実上「お腹の中の赤ちゃんを殺す権利」である。許せるはずもない。
赤ちゃんを守るために、世論喚起を行って参ります。
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大熊良樹理事長より
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いのちは大事、でも「お母さんの選択権(産む自由)(産まない自由)」を主張する、プロチョイス(選択権優先派)を主張する人もある。権利、権利といい、その声が大きいから、赤ちゃんの生きる権利さえも奪っている現状がある。一方、「お腹の中の赤ちゃん」はものが言えないから、1日2000人以上が、殺されている。(その8割が救える生命です。)
「闇から闇に」しかも・・経済と天秤にかけて、葬られている日本の赤ちゃんたち。その数は「日本存亡の危機」「超少子化の危機」といわれている「大問題」を軽く吹き飛ばすくらいに多い。その「実数」を聞いたら信じられないと言うくらいである。
しかも、「お金」と天秤に掛けられているのだから驚く。このことは世界でもまれである。どれほど貧しくても「お金」と「いのち」を天秤にかける法律(『母体保護法』第14条経済条項)があるのは、日本だけだ。
マザーテレサでさえも「顔を背けたという非人道的法律」(旧:「優生保護法」現『母体保護法』)である。どれほど貧しい国でも、人種でも、お金と命を天秤にかけることが、どれほど人間の尊厳を貶めるか、恥ずかしいことかくらいは知っている。
おそらくは、日本で、年間に人工中絶されている赤ちゃんの数は、出生数100万人よりもはるかに多い。公称16万人という数字と心の闇を思うとき、日本で「寝ようとしても眠ることができない」不眠症が2400万人。不眠の薬物依存が600万人。不登校10万人。引きこもり、実数100万人以上。無業若者200万人以上。
「生きたくても 生き生きと生きれない」「気力が出ない」「やる気が出ない」「なぜだか、死にたくなる」それらの共通する根源的理由が、なんとなくわかる気がする。 人間を、本当に、くらまし貶めることはできないのだ。
それらの、不快感。違和感への叫びこそ日本の「病巣」「闇」である、今日も行われている1日2000人以上の「大量惨殺」の不条理を 暴いてくれと 訴えているように思えて成らないのである。
(心理カウンセラー・京都いのちの教育センター主幹大熊良樹)
宇治の守り「宇治神社の鳥居」が倒れた。多くの神社が「代受苦」したのである。
すなわち、民を救うために「身代わり」となったのだ。
